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怨讐の扉 4
2013-11-13 Wed 15:52
フィクションであり、実在する法人、個人とは何等関係有りません。
 例年に比べて随分暑い日が続く夏だった。歩き続けると汗が吹き出し、喉が渇き腹も減る。あまり流行っていない飲食店であっても、ついつい立ち寄りたくなる。
 流行の店で行列に並ぶことが好きな者がいれば、その反対にがら空きの店を好む者もいる。世の中とはいろんな人種がいて成り立っている。
「ごちそうさん、置いとくで」
 イカ焼きとサイダーの代金をテーブルに置き足早に店を出るのは、兵庫県警園田署勤務の中浦弥輔警部補であった。十席程度で落書きだらけのたこ焼き屋だが、イカ焼きも売っている。粉ものとしてのイカ焼きであり、烏賊の姿焼きとは異なる。どちらも美味いとは云えないが、何時行っても空いているのが利点なので贔屓にしている。
「毎度、おおきに」
 普段は物静かな店主も警察官には愛想が良い。物騒な地域なのでトラブルが絶えない。いざという時は警察の世話になることもあるので、顔を覚えて貰って損はない魂胆である。
 中浦は連続放火事件の捜査で聞き込みをしている。随分足を運んで巡回したが、バイクや物置が延焼した程度の小火なので目撃情報は少ない。十二件発生しているが何れも小規模なので捜査を増強することはなく、定年間近で閑職の中浦が担当となった。
 管轄内は競馬場があり治安が悪い。負けた腹いせに放火することが頻発しているので、この程度では住民も慣れており騒ぎにならない。隣接する仁川地区にも競馬場があり、同様に連続放火事件が発生している。その内一軒は全焼し老夫婦が焼死した。
 仁川署は大人数で捜査や警戒を強化しているが、園田署はその域に達していない。中浦は刑事の直感として、園田と仁川は同一犯ではないと思惟していた。
 地方大を中退し、自衛隊を経て警察に勤務して以来、刑事畑を歩み数多の難事件を解決してきた。剣道三段、柔道初段、それほど大柄ではないがスポーツマンらしい体軀で、若い頃は凶悪犯や暴力団を担当していたが、二年前から未解決事件や軽犯罪といった閑職に回された。
 今から幾ら頑張っても退職金が増えることはないので程々に手を抜いているが、上司も年嵩の部下を叱責することはない。敏腕刑事としての功労者であり周囲からも一目を置かれている。
 初犯者には、鷹揚に接し温情を示したので人情派刑事として評判だったが、暴力団や異邦人の理不尽な凶悪犯には厳酷だったので、『猛禽の弥輔』と別称されていた。締め付けへの報復として、銃弾で太股を撃たれ二ヶ月入院したこともある。
 職種柄、妻子がいると危害を加えられる恐れがあるので独身でいる。臆病なのではなく愚直で変わり者である。モテない訳ではないので内縁関係になった女性は複数いたが、今は一人で暮らしている。親戚縁者とも疎遠なので誰からも容喙されることはない。
『呑む、打つ、買う』は付き合い程度で人並みの蓄財はある。老後は有料老人ホームで優雅に暮らそうと計画している。
 勤務地は空港、競馬場、市役所、陸上自衛隊駐屯地が並ぶ阪神間のベッドタウンだが、共同住宅も多く人口が密集しているので評判はあまり良くない。JRや阪急電鉄があり、大阪、神戸には利便性が高いのだが、工場が多いことや空港の騒音が住環境を悪くしている。
 中浦は五年前に園田署に転勤になった。その前は仁川署なので土地勘は充分にある。競馬場巡りと揶揄されたが本人の希望だった。兵庫県は二つの海に面し勤務地が広い、日本海側に勤務すると冬は雪下ろしばかりで飽きる。
 事件も少なく刑事をしていてもつまらない。姫路や加古川は事件が多発するが遠い、大阪生まれなので最後の勤務地は近場がいいと思料した。住居も尼崎市内で通勤には自転車を活用している。雨の日はバスを使うが普段は健康維持に精を出していた。
 閑職なので生命を狙われることはないので、変わり者らしく裏道ばかりを好んで走る。最短コースを選べば十五分で通勤出来るのだが、倍近くかけて風景を愉しんでいる。
 帰宅時に行き付けの『なみ代』という定食酒場に寄り食事を摂っている。流行っていないが老舗で煮物が美味く、化粧っ気のない老女将が機嫌良く迎えてくれる。中浦にとって重要なのは常時空いていること、味はそれほど気にしない。
 何時ものようにカウンターで、焼き魚定食と本日のサービス品ナスの煮浸しに、大好物のだし巻き卵を追加する。ビールは中瓶一本、二千円内で晩餐を愉しむのが唯一の道楽だった。
 今日は何かの催しがあったようで珍しく混んでいた。十数席がほぼ埋まっており喧噪としている。食べ始めた頃に容貌魁偉な男が隣席に着座した。背広を着用しているが分厚い胸板で、中浦より二回り以上大きな体軀である。普通のサラリーマンというイメージよりも、現業員か警備員を連想する。
 武道で鍛錬していても喧嘩で勝てる相手ではない。因縁を付けられないように他を観るようにした。男は酎ハイと肉じゃが、枝豆、冷や奴を並べている。身体の割には余り食べないようで、メタボ対策なのかと感心していると、何処かで会った記憶が蘇った。
 刑事が記憶するのは犯罪者が殆どであるが、軽犯罪者の中には忘却した者もいる。名前が思い出せないのは凶悪犯ではない証左であるが、あまり気持ちの良いものではない。悶々としていると男がこちらを向いた。
「もしかしたら、中浦さんではありませんか」
 男が唐突に喋り掛けてきた。聞き覚えのある野太い低音、白髪交じりの横分け、研ぎ澄まされた眼光は犯罪者を彷彿させる。
「どなたでしたかね」
 判らないので正直に訊くしかない。やくざ者ではなさそうだが過信禁物、いきなり包丁で刺されることもある。慎重に少し身構えていた。
「昔、尼神セネターズで一緒だった楠田です。ご無沙汰してます」
 両手を膝に載せ、頭を少し下げた。
「四番、サードの楠田さん」
 二十年ほど前、地域社会人チームで野球をしていた。初心者もいればプロ級もいる寄せ集めだが、ハイレベルな者はプロ野球にも進出した。
 楠田は中学時代から地元で評判になり、高校ではドラフト候補に挙がるほどのアマチュア界では屈指のスラッガーである。大学に進学しプロを目指していたが、三年の夏に走者と交錯し膝に重傷を負った。怪我の後遺症で休養することが多くなり白氷カードに就職した。草野球では物足りないので、尼神セネターズに所属しプロを目指したが夢は叶わなかった。
 中浦は運動好きなので何気なく野球を選んだ。室内競技の剣道、柔道の経験しかなく、屋外競技は新鮮だったがバットに当たらない。ゴロもフライも思うようにいかず、俊足だけが取り柄で代走として起用された。野球に関しては素人同然なので、部員数が集まらないときは球拾いに専念していた。
「奇遇ですね、あれから二十年くらいなりますかね」
 少し年若の楠田は懐かしむように訊いた。
「そうですね、それくらいでしょう。今日は何かの集まりなんですか」
「ええ、ちょっと近くに寄ることがありまして。確か――」
 楠田は声を出さずに、『警察』と口を動かした。場所柄、職種を云うのはまずいと判断し相槌を求めた。
「ええ、そうです。よく覚えてますね、私みたいなへたくそのことを」
「何を仰います。足のスペシャリストだったのを鮮明に記憶しております。憧れでした」
 アマチュア野球界のスーパースターから褒められ中浦は舞い上がった。記憶して貰えるだけで光栄であり、普段余り呑まないのだが気が大きくなり酎ハイを追加した。一人がいいと思っていたが、偶には二人も悪くない。野球はよくわからないが何となく愉しい気分になる。
 初めての対談なのに二十年の年月を埋める言葉が途絶えることはなかった。
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